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チベット ロサル(チベット暦)
チベットの暦は、密教経典「時輪タントラ(Kala cakra:カーラ・チャクラ)」の教説に基づくものを
採用しており、太陰暦を太陽暦を混ぜ合わせたもの
なので、暦は毎年変わります。
しかし、すべての地方がこの暦にのっとった新年を祝うわけではなく、10月や11月、12月に新年を
祝う場所があります。
ここで紹介する日付はすべてチベット暦です。
ラサが属する地方では、1月にロサルがあります。
12月末になると準備が始まります、「タシデレー・プンスムツォク(吉祥円満)」という文句や八吉祥図、雷文などの縁起物を壁に描いたり、「チャン」と
呼ばれる麦のどぶろくや「カプセ(揚げ菓子)」を作ります。
12月29日には厄払いを行います。
「ツァムパ(麦焦がし)」をこねて作った「ティル」という団子を体に押し付けたあと、自分の毛髪を一本抜き、ティルの中に入れ、悪気を封じ込めます。
次に家の厄払いをします。「ペンバル」と呼ばれる太くて長い藁の束に火をつけ、これを持って家中を回ります。
その後、ペンバルを村の交差点に持って行き、悪気を封じ込めたティルとともに捨てます。
夕食には「グトゥク」と呼ばれる肉や米、大根、甘い小芋「トマ」などの九種類の具と小麦粉で作った団子が入ったお粥を食べます。
団子は太陽や月、経典といった様々な形をしたものの中に羊毛や炭、唐辛子やお金などが入ったものがあり、どれがあたるかで新年を占う遊びが
あります。
チベットでは、30日が大晦日にあたります。窓枠を飾る短いカーテン「シャムプ」と「タルチョ」と呼ばれる旗を新調します。
「トソ・チョマル」というお供えも作ります。
吉祥模様が描かれた木製の容器を中央で仕切り、片方には煎った麦「ヨー」、もう片方には油と砂糖、ツァムパを混ぜた「チェマル」を盛ります。
その上に、色をつけた麦の穂を数本差して完成です。仏壇には「カタ」という儀礼用のスカーフを捧げ、隣には「デルカ」という祝賀用の祭壇を設けます。
正月一日は、新年最初の水汲み「チュプー」から始まります。
明けの明星が昇る頃、威儀を正して井戸に行き、香木「サン」を焚き、神々に祈りを捧げて水を汲みます。
汲んだ水を仏法僧の三宝に捧げたあと、沐浴をし、余ったものは飲みます。その後、年長者からチェマルを食べます。
食べ方にも決まりがあり、まず、一つまみずつ三度天に撒き、次に一つまみ口に運びます。
新年最初の食事は、大晦日に作ったトマの入ったバターライス「トマ・デシー」、チャンに黒砂糖とツァムパを加えて作ったお粥「チャン・コル」です。
寺へのお参り「チュンジェ(巡礼)」も欠かせません。
民族衣装である「チュパ」をまとった人々が、サンを焚き、タルチョを取り替え、爆竹を鳴らし、宝を背負った馬「ルンタ」が印刷された紙の札を空に
撒きます。
本来であれば、4日より、セラ、デプン、ガンデンの三大寺からジョカン寺(大昭寺)へ僧が集まり、「大祈願祭(モンラム・チェンモ)」が執り行われる
のだが、1986年を最後に中止されています。

日本のお正月のイメージといえば、「門松」「初詣」「おせち料理」など、
様々な事柄が思い浮かぶと思います。
もちろん、地域によって様々な年越しや年始の行事があります
今回はアジアのお正月をテーマに紹介していきます。
日本では太陽暦(グレゴリオ暦)で祝うことが多くなった新年ですが、
アジアでは太陰暦(旧暦)で祝われている地域も少なくありません。
今回紹介する地域もほとんどが旧暦で祝われています。
韓国 ソルラル(旧暦)
「ソルラル」の「ソル」という言葉は、「悲しみ」「慎み」であり、「一年の初めの日であるから、心身を謹んで軽はずみな行動を
控えるべき」という意味が込められています。
現在の韓国はソウルに住む人が多く、ソルラル前日ともなると、地方に帰るためのラッシュが道路・鉄道とも酷いそうです。
このあたりは日本と同じです。
ソルラル当日は、皆早朝に起き、正月のために準備をした新しい服(男性はパジ・チョゴリ、女性はチマ・チョゴリ)を着ます。
これを「歳粧(セジャン)」「ソルビム」といいます。そのあと、「茶礼(チャレ:元旦に行うので正朝茶礼とも)」を行います。
これは先祖供養の祭祀で、位牌の前に正月用の料理・歳饌(セジャン)と酒・歳酒(セジュ)を供えます。家の長子をはじめとした
男子によって行われる祭祀だそうですが、最近では徐々に女性の参加も見られるようです。
茶礼が終わると、年長者に新年の挨拶をする「歳拝(セペ)」が行われます。このとき、年少者は「新しい年に福を多く授かります
ように」という言葉を述べ、年長者はそれに対し、「徳談(トクタム)」という相手にふさわしい内容の寿ぎの言葉を返します。
歳拝を終えたら、歳饌と「トックッ」と呼ばれる餅入りのスープ(雑煮のようなもの)を食べます。
◆正月に行われる民間伝承の遊び
・ノルティギ(踏板戯)
シーソーのようなもの
・ノッタリバルキ
馬になって連なった女性たちの背を、公主(お姫様)役の少女が歩く遊び。
地方によっては、背の上に乗った女性が最後に闘い、一方を落として勝敗をつける遊び方もある。「ノッタリ」は「銅橋」の意。
・ユンノリ
朝鮮式のすごろく。
・ヨンナルリギ(凧揚げ)
高さや技を競うだけではなく、凧を絡ませ、相手の凧糸を切って勝負をしたりする。
15日になると、これまで遊んだ凧の糸を切り、遠くへ流すが、これは「送厄(ソンエク)」という厄を送る意味合いを持つ。
・チュルタリギ(索戦)
主に韓国南部で行われる綱引き。
勝った綱の一部を持って帰って田畑に埋めると豊作になるとか、船に積んで漁に出ると豊漁になるとか海難事故が避けられるといった信仰がある。

年越しの食事を食べ終わると、家族全員が寝ずに新年を迎えます。
12時なり、除夜の鐘が鳴ると、爆竹が鳴り始め、いよいよ、春節と迎えることになります。
新年を向かえて爆竹を鳴らすことを「開門砲仗」といいます。庭で火を焚いて邪気を祓ったことが由来します。
家長は「利是(お年玉)」を配ります。これは、一般的には既婚者が未婚者に渡します。
新年の一月一日には肉や魚を食べてはならないという禁忌があり、このときの料理には肉を一切使わない「斎菜」と呼ばれる精進料理を食べる
地域もあります。斎菜は、ビーフン、干し椎茸、ほうれん草、髪菜などを炒めた料理です。また、北方では大晦日の夜に包んだ「更歳餃子(年越し
餃子)」を食べます。
この餃子の中に、硬貨やキャンディー、ピーナッツを入れ、その年の運勢を占う遊びもあります。
その他、南方ではうどんを食べたり、「湯円」と呼ばれるもち米粉で作った団子状のものを食べる地域もあります。
一日の午前中から、人々は挨拶まわりに出かけます。この挨拶まわりを簡略化したものが「名刺」であり、日本でいうところの年賀状です。
香港新界では、一日に人々が祀堂に参り、団体的な祖先祭祀が行われているそうです。
◆春節に行われる伝統芸能
・ヤンコ(秧歌)
主に北方に広く伝わる踊り。様々な役に扮した踊り手が、扇や色鮮やかな布を手に持って 踊る。
・舞獅(獅子舞)
主に南方で行われるもの。獅子が家にやって来ると、主人側は爆竹を鳴らして出迎え、門口や台所で
踊ってもらい、邪気を祓い、吉祥を取り込む。獅子舞一行が去るときは、タバコや「紅包」(ご祝儀)渡す。
トルコ 犠牲祭(クルバン・バイラム : 旧暦)
トルコは、新年1月1日にお祝いをするといった習慣はありません。
しかし、犠牲祭(クルバン・バイラム)と呼ばれる日本の正月のようなお祭りがあり、太陰暦12月10日から4日間行われます。
犠牲祭は、元来ムスリムの義務であるメッカ巡礼と結びついています。
イスラム暦12月の巡礼月は、正式なメッカ巡礼が行われる月ですが、この月の10日に巡礼者だけでなく、巡礼に赴けない人も動物を犠牲に捧げます。
これが犠牲祭の由来です。犠牲に捧げられる動物は羊が多く、また、ラクダや牛の場合があります。
現代のトルコの都市でも犠牲祭には羊を捧げたいと願う家庭は多く、特にイスラムの戒律を重んずる人々が多く住む地域では顕著です。
経済的に豊かでない人も、何とか羊の一頭を得ようとします。
イスタンブールなどの場合、通常は生きた家畜を市中に連れてきて売買することは衛生上禁じられているが、犠牲祭の前には、羊売りが羊の群れと
ともに市中にまでやってきます。
犠牲を捧げた者は、その肉の半分を自分で食べ、残りの半分は貧者に恵むことが望ましいとされています。
このため、養護施設などに犠牲の羊を差し入れる人も多いそうですが、近年では羊の代わりになるお金を寄付する人も増えているそうです。
バイラムには、年長者の手にキスをし、額にその手を当てることにより年長者へ敬意を示します。
そして、「Bayraminiz Kutlu Olsun(バイラムヌズ クトゥル オルスン)」(バイラムおめでとう!)という言葉を挨拶がわりに声を掛け合います。

春節という呼称のほうが馴染みがあるかもしれません。
日本でも、中華街では春節の時期になると様々なイベントが行われます。
まずは、日本の年越しにあたる「過年」は、旧暦12月23日の竈王節から始まります。
これは竈の神を祀るもので、竈のある場所に竈の神の絵を貼り、麦芽糖や茶、酒、料理を供え、線香を
焚きます。
地域によっては紙銭を燃やします。竈の神は蝋月23日(12月23日)に天上へ行き、天帝に各家の報告を
するという言い伝えがあります。
その際、家中の悪い報告をしないように、と様々な供物を捧げられます。
竈の神は12月31日になると再び地上に戻ってくるので、このときは迎え入れる儀式をします。
その後、新しい年を迎えるために、掃除をしたり年越しのための買物をしたり、料理を作ったりします。
大晦日(年三十とも)は、朝食を済ませると、門を守る神様の絵や春聯を飾ります。
春聯とは、赤い紙に金字で縁起のよい語句を記したもので、家屋の入り口に左右一対になるように貼り
付けます。
夜になると、家長は先祖を迎えて新年を祝うために墓参りへ行き、年を越します。
広東省や福建省などでは、各家でお供えを持って「祀堂」へ行き、先祖を祀ります。
その後、年越しの食事をしますが、このときの料理も「余」と同じ発音の魚、家族団欒・裕福や長寿を
象徴する肉団子、豆腐、春雨などを入れたスープなど、縁起のいいものばかりです。
中国 過年と春節(旧暦)
タイ ソンクラーン(旧暦)
タイの新年は4月13日からであり、ソンクラーンは13日から15日に行われます。
「水かけ祭り」として知られ、タイで一番暑い4月の暑さを和らげるために水をかけるという説や、水かけによって雨季の到来を期待する説があります。
ソンクラーンは、農作物の収穫が終わった時期にあたり、昔の人々は労働の後の娯楽としていましたが、徐々に一般社会に広まり、現在では習慣
として定着しています。
ソンクラーン1日目(マハー・ソンクラーン)の朝早く、新しい服を着て村や地域の寺や僧院へ行き、僧侶に食べものを捧げます。
喜捨のための鉢には、ご飯、果物、お菓子などの様々な食べ物が入れられます。
午後には仏像を洗う儀式があります。このあとに水かけ祭りが行われます。
また、若い人たちは崇敬の念を込めて年長者に水をかけます。
ソンクラーンの規模と激しさは、タイ北部のチェンマイが有名です。